哲兵:僕はナポリシャツのフィットを気に入って以前から着ているのですが、今回の『マンハッタンスリム』はすっきりしていて、すごいフィッティングになりましたね。
宮澤:哲兵さんとナポリと東京を行ったり来たりしながら、鎌倉シャツの現行スリムフィットをどうすればさらにスタイリッシュにすっきりできるかの議論を重ねてきましたね。
哲兵:もちろん、宮澤さんが監修してもすごいスリムフィットができたと思うのですが…今回の『マンハッタンスリム』は世界的なパタンナーである柴山先生にご協力いただきました。
宮澤:僕としては柴山先生と直接仕事をさせていただけるなんて感無量です。柴山登光先生はメンズモード界の重鎮であり、世界のモデリストNo.1の証「ミケランジェロ賞」をイタリアで獲得した日本人唯一の最高峰モデリストですからね!しかも、11月に「東京マイスター知事賞」も受賞されました。東京も認める“日本の匠”です。
哲兵:はじめて柴山先生のところへ伺った時は緊張しました(苦笑)。
佐野:僕はたまたま重衣料縫製工場で先生にお会いしたことがあって…その迫力というかオーラに圧倒されました。また、先生がご自身でミシンを踏みながら工員さんに指導されていたことにも驚きました。
哲兵:確かに、パタンナーが実際に工場に入って縫い方の指導をするって…聞いたことないです。
宮澤:多くのパタンナーが、自身のアトリエで培ってきた経験とセンスによる独自の理論でパターンを引き、それを工場に送り、サンプルを作成し、できあがったものを東京のオフィスで見て、外見や簡単な試着だけで判断して、すぐに本番の量産へと進んでしまうのが普通です。
佐野:柴山先生もご自身のアトリエで全ての仕事を完結させることが可能だと思います。ところが、先生は自ら頻繁に工場を訪問され、実際のパターンと縫製する人をつなぐ仕事までされているわけです。
宮澤:ご自身のパターン理論は世界最高の評価を得て、なおかつ現場に足を運ばれる…
哲兵:いかにすごい方か分かりますよね。
柴山:君たちあんまり褒めてもらってもなにも出ないよ(笑)。ただ私はね、パターンと工場をつなぐ“翻訳者”でいたいと常々思っていることは確かだよ。せっかくいいパターンができ上がっても、縫う人が理解していなかったら良いものはできないわけだからね。
宮澤:そうなんです。工場さんがきちんと縫製できるのかを考えずに、パタンナーやデザイナーの独りよがりになっている場合がありますよね。僕も耳が痛いです(笑)。
柴山:宮澤君はよく分かっているほうだよ。最近はバイヤーや売り場の細かい要望も聞いてあげないといけないから工場は本当に大変なんだよ。
哲兵:おっと、今度は僕が…耳が痛いです(笑)。
宮澤:さて、本題の『マンハッタンスリム』の話に戻りましょうか。
哲兵:僕は、バイヤーという立場なので、物作りの細部は宮澤さんにお任せしていたのですが、柴山先生に「スリムフィットの襟足(台襟とも呼ばれる、襟の土台にあたる帯状のパーツ。直接首に触れる部分)はどのようにあるべきですか?」と言われた時は焦りました。
柴山:そう。“襟足は上向きで首に巻きつくように内巻き”になるべきなんだよ。それがイタリアを源流とした“スリムフィットの襟足のあるべき姿”なんだよね。
佐野:先生のパターンできちんと縫われたシャツの襟足は、本当にクルンって内巻きになっているので驚きました!
宮澤:柴山先生、この襟足の形状は、パターンはもちろんですが、縫いのテクニックなんですよね!僕もシャツ工場を20年経営していましたが、こんなテクニックがあるなんてホントに目から鱗でした!
柴山:ここは、襟足の縫い始めと終わりの部分で1mmいせる(立体的に仕上げるため、表面から見えないように細かく縫い込むこと)んだよ。襟足は片方から縫っていくから、そのまま縫ってしまうと、ダレた襟になってしまうんだ。特に始めのポイントでしっかり1mmいせて縫うことで構築感ある襟が生まれるんですよ。
佐野:襟足ひとつとってもここまで深い理論が『マンハッタンスリム』に搭載されているわけですよね。
哲兵:続いて、スリムフィットの最も重要な「フィット」に関しての話をしましょう。僕はナポリシャツをよく着ていて、細くすっきりした色気のあるシルエットが好きです。
宮澤:哲兵さんと2015年から議論してきた最重要課題ですよね。さかんに、ナポリのシャツみたいにすっきりしたシルエットが作りたい!って話していました。
佐野:もちろん、宮澤さんはその理由をわかっていたので、どうやってそれを表現するかに苦心していましたね。
哲兵:実は、ナポリのシャツも日本のシャツもスペック上はほとんど同じなんです。でも、見た目のすっきり感は格段に違うんです。
宮澤:それは、哲兵さんが好きなナポリのシャツは、「後身頃を前身頃より小さく設計しているから」すっきりするんです。それを実現するために非常に難しいパターンの理論だったり、縫製の技術が必要とするわけなんです。そこで、世界的な巨匠である柴山先生に相談しました。
柴山:宮澤さんは、本格スリム理論で日本製シャツの量産化を目指しましょう!!という相反する無茶なことを言ってきたわけです。本格スリム理論である後身頃を前身頃より小さくするようなつくりは、ナポリシャツとか量産に向かない職人技なんです…これは面倒な人がきたなと思いました。既成シャツとして誰もが満足できるようにすっきりさせて、汎用性の高さも狙いながら、さらにサイズは変えないで欲しいときたもんだし、しかもボタンダウンは、ニューヨークにお店がある関係もあって、背中はダーツを入れないでボックスプリーツにしたいなんて言うんですから…困りました(笑)。
佐野:僕は以前、哲兵さんから現行のスリムフィットより細いものを作ってほしいと言われて…その時は単純に現行のパターンのまま、寸法だけをいじったんです。
哲兵:パターンをそのままに、スペックだけをいじったシャツをみんなで着てみたら、かなりいびつでした(苦笑)。着心地は悪いし、かっこ悪くなってしまいました。
宮澤:現行パターンは今のサイズスペックでバランスがとれるように設計されています。ですから、少しでも寸法をいじると全てがおかしくなってしまうんです。
佐野:細いシャツを作って、着た時に美しく、また着心地も良いというのは至難の技だと再認識しました。
哲兵:パターンが本当に大切なんですね。
柴山:その通り。まずパターンがあって、それをいかに縫製するかというのがシャツですからね。シャツは構造物ですから、設計から考えなければなりません。
哲兵:多くの方に素晴らしいシャツを届けたいという思いも大切ですよね。
佐野:だから、たくさん縫えるようにパターンが難しすぎてもいけない。
宮澤:さらにスタッフからの声が多かったのが、袖のダブつきについてでした。
柴山:もう一つ困ったのは袖を細くするというかなり難易度の高いことも要求するんだから。袖を細くするには、袖山を高くしなきゃいけないのに量産なんて…と困りました。
哲兵:僕は単純に寸法を小さくすれば袖が細くなると思っていましたが、袖を細くするには袖山(肩と袖を繋ぐ縫い目のライン。実際は袖型紙の肩側のカーブのこと。)を高くしなければならないんですよね。
佐野:そうなんです。でも、高い袖山はカーブが大きく、縫うのが難しくて縫製の効率がすごく落ちてしまうんです。
宮澤:そんな袖山をつくったら工場の人も嫌がるに決まってます。
柴山:宮澤君はわかっていない人だなぁ~とここでも思いましたが、違いました。全てをわかった上で、その針の穴に糸を通すような依頼をされていたのです。
哲兵:でも、驚きましたよね~~!!工場でこの袖山一発で縫えましたもんね!!
佐野:確かに、縫製工場さんは今までの袖山と難易度は変わらないとおっしゃっていましたね。
哲兵:袖が細いのに縫いやすいなんて、先生の型紙にしか不可能です!!
宮澤:そして、忘れちゃいけないのが袖カーブをジャケットに合わせるということです。
柴山:シャツの袖カーブもそうですが、カフスの傾斜をジャケットの袖口に合わさなければならないのです。そうしないと、せっかく良い素材のシャツでもジャケットに合わないものになってしまいます…
佐野:確かに、シャツはシャツ、ジャケットはジャケットという風にそれぞれ独立の考えで着合わせている人が多いですが、それは、コーディネート以前の問題で、ちぐはぐな印象を与えてしまいます。
哲兵:今回のシャツは着用感も着た時の雰囲気も、かなりすっきりしました。しかも、寸法をあまり変えずパターンと縫製の技術でここまでになるんですね。
宮澤:そして、なんといっても工場さんが縫いやすいのが本当に驚きです。
柴山:確かにナポリのシャツのように少しだけ良い物を作るのであれば、ナポリ流で作れば良いのかもしれない。でも、あくまで日本製で量産を狙うというのが鎌倉シャツの凄さというか思いの深さだと私は捉えました。
宮澤:そうなんですよ先生!!鎌倉シャツの思いは、「より多くの方に最高の商品を!」です。
哲兵:良い商品というのは、それだけでは…そこに置いてあるだけでは、何の意味も持たないですよね。着る人がいてはじめて良い商品となります。たくさんの方が着てくれたら、物凄く良い商品になると思うんですよね。
佐野:今回のマンハッタンモデルは、「製品としての完成度」、「工場さんの縫いやすさ」、そして「たくさんの方が買うことができるプライス」という、一見不可能なこの3つの要素を高次元でバランスすることができました。皆様に是非一度袖を通していただきたいです。
私たちのことを知ってください。